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2014/09/10

それは〈正直〉じゃない 後編



昨夜は、綺麗なお月様が見られましたか?
満月の癒しを受け取っていただいた方、
どうもありがとうございました。

ハートが、
どんどんと輝いていきますように。


さて、
1つ前の9/8の記事(それは〈正直〉じゃない)、
分かりにくいところがあったので、
今日はその続きを書きますね〜。


感情を表現すること。

それ自体に問題があるわけじゃありません。

ただ、
「いついかなる時」でも、
「どんな場」でも、
「習慣的」に、
激しい感情をむき出しにすることを、
〈正直〉だと思っている方がたまにいるので、
それについて、
ちょっと違うんじゃないのと、
書きたかったのです。

あなたが幼い子供ならば、
そういう激情を表しても仕方のないことでしょう。

でも、
大人ならば、いかがでしょう。

やむにやまれぬ事情で、
時に、激しい感情を抑えきれず、
表現することはあります。

それを後から、
恥ずかしいとか、
情けないとか、
申し訳ないとか、
感じるならば、
大丈夫。

だけど、
周りが気分を悪くしても、
怖い思いをしても、
自分の感情を表すことこそが〈正直〉なのだから、
何の悪いことがあるの?と思う場合、
違うのじゃないかと。

そばにいる人は、愚痴を聞いてくれるのが当たり前じゃないのです。
愚痴を聞くためだけに、
存在しているわけじゃないのです。
聞いてもらって当たり前なんかじゃないのです。

それは思い上がりもいいところ。
不遜極まりないこと。

自分に正直というのは、
感情を、
だれにでもぶつけ回ることとは違うもの。

そんなことをみんながしていたら、
この世は、
とても落ち着かない、
恐ろしいものになっていく。

むかつくことも、
怒りを覚えることもあります。

だけど、
誰もがそれを発散しまくっていたら、
それに同調していたら、
美しくない世の中です。

自分の感情は自分の感情。

それについて正直になるのは問題じゃない。

でも、
喜びや幸福感とは真逆の激しい感情を、
他人にシェアしようというのは、
愛のないこと。

自分が感じるように、
他人もまた、感じる気持ちを持っています。

親子で言うと一番分かりやすいのだけど、
あまりに激しすぎる感情を子供にぶつけまくったら、
子供はどうなると思いますか?

親の顔色ばかりをうかがって、
いつもビクビクして、
精神的に落ち着かない状況で成長をしていく場合もあります。

親だって人の子ですから、
時に感情が爆発してしまうこともあるでしょう。
だけど、
親だからと言って、
子供の心を破壊する権利はありませんよね。

これは極端な例ですが、
そういうことなんです。

正直ということはいいことだけれど、
感情のままに生きると言うことと同じではないのです。

思いやりのないまま生きる世の中と、
思いやって生きる世の中。
むき出しの感情があちこちで沸き上がる世界と、
感情に折り合いをなんとか付けて自分同様に他者も尊重する世界。

あなたはどちらを選びますか?

感情に折り合いを付けられないときは、
専門家では無い場合は、
《短時間》だけ、感情を吐き出して、
 最後に必ず「ありがとう」と伝えてください。

自分に正直であろうとするのは大切なことです。
だけど、
その言葉尻にのみ固執して、
何が何でも正直にという思い込みから抜け出していきたいですよね。

自分が感じる感情を、
素直に感じ取っていいけれど、
それは、
自分の感情。
他人が負うべきものじゃないのだからと、
気づいていけば、
理解してくれないなどと、
不機嫌になる必要もなくなるし、
必要以上に不快感を増さなくてもいい。

不快なものに拘ってしまって、
それを増やしているのは、
実は自分自身なんだと気づくことにもなっていく。

気づいていけば、
その感情から解放されていきます。

解放されていけば、
心はまた、
本来の穏やかなものに戻っていく。

憎しみ、恨み、怒り、恐れなどが支配する世界ではなく、
愛であふれた世界、
それはとても心地よくて、
安心できるものじゃないかと、
私は思っています。

幼稚な正直さから成長して、
大人としての正直さという賢さを身につけて、
歩いていけますように。

今日もまたお読みくださってありがとうございます。
たくさんの愛を。



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