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2015/02/03

魔を滅すること


節分ですね♪

炒り豆を作って、
ポリポリ食べていると、
ケモノさんたちが欲しそうに近づいてきますが、
この状態では消化悪そうなので、
あげませんことよ。
オホホ。

さてさて、
このお豆ちゃん。
「魔を滅する」とも言われているものです。
(この響きに、ワクワクしちゃうのが、情けないのですが。)

新しい季節の前に、
邪を祓い清めて、
次なる季節をお迎えする節分。
素晴らしい行事ですね。

 それにしても、
「魔」って何でしょうね。

私は、
「魔」=「人そのもの」だとは思いません。

「人の心に巣くうもの」が、
それなのじゃないかと思っています。

これは、
誰でも大なり小なり持っているのじゃないかなと、
思っています。

それを祓うと言うことは、
「心に巣くっているもの」を手放すことなのでしょうね。

手放したり、
執着しないでいられる人たちが、
「魔」ではないだけのこと。

そこには、
明確な線引きなどなくて、
いつでも、
誰でも、
どちらにも転がっていくもの。

何か犯罪や残虐な行為をする人と、
それを行わない人の間には、
境界線などないのだから。

行わないでいられるのは、
教育があったり、
環境に恵まれていたり、
信仰があったり、
愛を知っているという、
「たまたま」運がよい境遇であっただけのこと。

自分自身のことを考えてみても、
もし、
私が教育など一切受けておらず、
幼い頃からたくさんの悲惨な死を目にし、
横暴な社会の中で生き延びているとしたら、
犯罪に手を染めている可能性は大いにあると思います。

そこまでいかなくても、
六条御息所のように、
ものすごい嫉妬で、
生霊(←これもかなりのものなのですよ)を飛ばして、
誰かを呪ったり、
その死を願ったりすることだってあると思います。

それをしないでいられるのは、
たまたま、運がよかったから。
ただ、それだけのこと。

光がともにあることを、
知っているだけのこと。

光あるところに闇があるし、
聖なるものも魔もある。

ただ、
闇や、魔は、
楽しくないし、
気持ちよくないから、
好ましいと思わないだけのこと。

魔を滅すると言うことは、
今の時代、
「自分ひとりだけ幸せでいられますように」と、
いうのじゃないのでしょうね。

魔を持つしかなかった人たちのこと、
持たずに暮らしている人たちのこと、
様々な視点で、
多角的に見ながら、
それぞれがどこかに抱えている、
「魔」から解放されていけますようにと、
祈っていけたらいいですね。

どうぞどなた様も、
御身もお心も、無病息災であられますようにとも、
願いを込めながら。

節分のお日様と水晶
あなたと、あなたの大切な方達に、
たくさんの光がともにありますように。

お読みくださってありがとうございます。

追記:明日は満月の祈りを行います。詳しくはまた♪


〜 今日のいいこと 〜

☆ ケモノさんたち、今日は、ちょっと暖かかったので、
  お散歩も気持ちよく行けました。

☆ 先日の、ともnetさんの譲渡会で購入したお揃いのシャツ。
  かわいすぎるわ 



☆ 節分の豆が美味しかったこと。

☆ 玄米塩おにぎりが美味しかったこと。

☆ 寒いと思ったので着込んでお散歩に行ったら、汗をかくほどだったこと。
  きっと痩せたに違いない。←錯覚です。

☆ 生あること。

〜 ☆ ☆ 〜

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